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自分らしく生きるために

2008年9月の金融危機に端を発した雇用情勢の不安は、近年には無い状況です。特に若者たちの権利であるはずの労働する場が無くなっています。今の多くの若者が学生を卒業し、初めて就職するときに好んで非正規雇用を選んだかのように思われている人もいるでしょう。しかし、学生時代に仕事について、学校から教えられることは、ごく僅かです。労働者の権利や正規・非正規雇用の現実さえ知らない人がいます。

私たちJOC(カトリック青年労働者連盟)は、若者自身が労働や生活を通して「自分らしく生きるために」何が必要なのか、何をしなければいけないのかを発見し行動することで自己養成されるための運動体です。そのバックボーンには、イエス・キリストの福音が息づいています。

なお、カトリック青年労働者連盟は、ベルギー国ブリュッセルに本部置く、国際的な団体で、国際連合や国際労働機関など国際団体の重要なパートナーシップとして活躍しています。

JOC運動とは

JOCとは、働く若者※の運動であり、働く若者の自己養成運動です。

この運動の目的は、働く若者自身が真の人間として解放され、成長することです。

この運動の出発点は、働く若者の生活と労働現場です。

この運動の動機は、働く若者自身の真の望みです。

この運動の内容は、「生活の見直し」、「活動」、「活動の見直しと評価」です。

※働く意志があれば、学生・求職中の若者も含まれます。中心年齢層は20歳代です。

以上のように、働く若者自身が作りあげていく、運動体なのです。

JOC運動の誕生

1919年、ベルギーのラケン教区司祭のカルデン神父(のちに枢機卿)は、働く若者たちが搾取され、人間としての尊厳を奪われ、経済発展のために使い捨てにされている現実を目の当たりにしてきました。カルデン神父は、数人の働く若者たちと一緒にJOC(若者の養成運動)を設立しました。「一人の働く若者は全世界の金銀よりも無限の価値がある」という信念のもとに、働く若者たちが人間として目覚め、互いに養成し合い、それを通して社会を変えていくJOC運動を始めたのです。

JOCはベルギーからヨーロッパ全体、やがてアメリカ大陸、アフリカ大陸、そしてアジアへと広がりました。そしてキリスト教国以外の国々では、カトリック信者ではない多くの若者たちがこの運動に参加するようになりました。

日本JOCの出発

日本では敗戦後間もない1949年、北九州の小倉教会でムルグ神父(パリ外国宣教会)と数名の若者たちによってスタートしました。そのうわさはたちまち全国に広がりました。間もなく、全国各地の神父から、JOCを作りたいので来てほしいとの要請がありました。ムルグ神父は、北九州から北海道まで何度も旅をし、各地域でのJOC設立に力を注ぎました。後に、私の人生の半分は汽車の中だったと語っています。

JOC運動の若者の養成方法

JOCは若者たちの共同体です。キリスト者か否かを問わず働く若者たち、またこれから働く学生たちが、共に生きる仲間として互いを認め、グループでの定期的な集まりや日々の活動を通して、人を信頼することを学び、自らを養成する場です。定期的な集まりでは、活動のプランを立て、それがどのように進展したのかを話し合います。評価はJOCが昔から使ってきた「見る・判断・実行」という方法を使います。それを「生活と活動の見直し」と呼んでいます。「見直し」では一人一人の日々の生活に光をあて、各自の置かれている現状をより深く理解するため、様々な角度、視点から考えていきます。福音的な観点からも状況を見ていきます。また、その人にとってベストな状態とは何か、そのために何ができるかを考えます。具体的に自分(自分たち)に何ができるかを決め計画を立てていきます。

「見直し」はたいてい個人的な話題から始まりますが、見直しが進むにつれ、それは社会や時には世界とも深くつながっていることを見ることができます。

現代のJOC運動におけるキリスト教会の役割

創立者カルデン神父の志に共鳴し、意思を引き継いだ世界の各地の司祭、修道者、信徒そして青年期を過ぎ、大人として様々な分野で活躍するOB、OGたちは、JOC運動の協力者として、青年たちを支えています。 

青年たちが自由に集える場を教会内に提供するほか、ばらばらにされている若者たちを引き合わせ、人間的、福音的な観点から若者たちに質問や情報提供を行い、彼ら一人一人が自分らしく生き生きと人生を切り開き、生きていくうえで大切にしたい価値観について共に振り返り、判断の助けをします。

日本JOCの取り組み

さて、多くの青年運動と同じように、JOCも90年代に弱体化し、これまで途切れることのなかった日本JOCの事務局で働く専従者が選出できなくなりました。

多くの若者は、お金や好きな物を買ったり、楽しいことや好きなことをする等、物質的な価値観にとらわれることが多くなり、人として重要な価値を見失った時代でもありました。

そんな中、JOCは国内レベルでの協力体制が弱まりましたが、福音的価値を信じ、ねばり強く頑張ってきたグループのリーダーたちと、運動の協力者たち(OBや司祭、修道者たち)の協力により、運動の火は消えることがありませんでした。そしてこの3〜4年で徐々に再生し、全国的協力体制を復活させるため、各地域の代表者たちによるプロジェクトチームが組織されるようになりました。

近年のJOCの活動紹介 -全国JOCデー in札幌-

2007年9月、札幌働く人の家と月寒教会を会場に、「全国JOCデーin札幌」が開催されました。札幌、大阪、京都、岡山、広島の働く青年たち、そしてアジア太平洋地域のJOC書記局員(インドネシアJOC出身)が参加し、総勢30名ほどになりました。

テーマは「生きるためには~How(なんぼ) much(やねん)?~」。18歳~30代前半の働く若者のライフスタイルと生活費、そして収入について、まず各個人の具体的な現状を分かち合い、互いの状況を理解し合うことからはじめました。

見る&判断

札幌から、新卒者以外はまだまだ正社員としての就職が難しい状況が報告される中、岡山ではより良い条件を求めて転職をする人もいると報告されるなど、地域による状況の違いが見られたり、一般的に報告されているデータと現実社会での実感にズレが生じている場合があることが紹介されました。

また、各地域で調査してきた一人暮らしにおける収支バランスの報告を見ると、多くの非正規雇用は、よほど切り詰めないと一人暮らしが困難な経済状況にあることが共通の現状として見られました。日々の生活はできても、将来のことを考える余裕がなく、夢の実現や結婚など明確な目標を持つ人の中には、複数の仕事を掛け持ちするケースもありました。しかし非正規雇用は、多くの場合何の保障も受けず働いているケースが多く、雇用者側の都合や、病気などでいつ失職するかわからないという恐怖と背中合わせの状況です。非正規雇用であっても受けられる社会保障について充分に知る必要性もみられました。

その他ある職種では、各地域共通して労働内容が正当に評価されているとは思えない低賃金が見られ、社会的な構造の問題に言及する発言もありました。

人間として生きていく保障は、憲法で保障されていますが、現実には保障を受けられていない事実があります。働く若者を含め、労働者は資本家の奴隷ではないのです。労働をすることは権利で労働すればそれに似合った対価を得ることは当然のことです。

実行

十分な話合いの後、各自の個人的な改善点と、JOC運動として、今後取り組む必要のあることを考えました。

地域の活動や友達とともに取り組める内容から、全国規模で取り組むべき内容まで、今後JOC運動の取り組みに対し広範囲で提案された内容は以下の通りです。

この提案をもとに各地で、若者の意識についてのアンケート調査や生活を振り返るためのミニセミナーなどを実施。昨年10月には、インドでのJOCの国際会議でその活動報告を行いました。これらの活動や経験を通して、働く若者たちの置かれている非人間的な状態が世界中に広がっていることを実感し、若者自ら連帯の輪を広げていく気持ちを新たにしました。

最後に

JOCは、若者が自分の意思を持って各自の日常生活や職場の中で自分らしく生きるために変革を起こし、活動の輪を他者に広げていけるよう励まし続けています。人が人として扱われなくなっている社会において、人間の尊厳と希望を取り戻し、他者に目を向けて連帯し、ともに生きるための活動がさらに求められています。ガリラヤの丘でパンを分かち合ったキリスト(マルコ:6、34-44)の生き方に従い、すべての人々に生きる力を与えるパンを増やすために働く、この”こころ”を広げたいと願います。

『福音と世界』2009年3月号への寄稿文(新教出版社

備考

マルコ福音書(6章34節~44節)

イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた。そのうち、時もだいぶたったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。「ここは人里離れた所で、時間もだいぶたちました。人々を解散させてください。そうすれば、自分で周りの里や村へ、何か食べる物を買いに行くでしょう。」これに対してイエスは、「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」とお答えになった。弟子たちは、「わたしたちが二百デナリオンものパンを買って来て、みんなに食べさせるのですか」と言った。イエスは言われた。「パンは幾つあるのか。見て来なさい。」弟子たちは確かめて来て、言った。「五つあります。それに魚が二匹です。」そこで、イエスは弟子たちに、皆を組に分けて、青草の上に座らせるようにお命じなった。人々は、百人、五十人ずつまとまって腰を下ろした。イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡して配らせ、二匹の魚も皆に分配された。すべての人が食べて満腹した。そして、パンの屑と魚の残りを集めると、十二の籠にいっぱいになった。パンを食べた人は男が五千人であった。

『聖書 新共同訳』

(c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation

(c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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掲載日2009年4月11日
更新日2009年4月11日
閲覧回数4,800 回
編集者HP管理者

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